駆け出しIT土方の備忘録

公務員からIT土方になった僕のこれまでとこれから

ざっと人生を振り返る

なんかむしゃくしゃしたので書く。

 

自分の人生は自分で決める。

ってよく聞くけど実際のところどうなのだろう。

 

最近、周りへの劣等感からか自分の人生を振り返ってみる

私はよく皆さんがいう「寺社仏閣」で生まれた。

 

政治家や財閥など「世襲」はどこにでもあるが、その中でスクスクと育てられた後継者はだいたい自分の親族の仕事に不満を持たず将来に喜んで世襲する人が多いのではないかと思う(場合によっては洗脳めいているが)。私は全く違う。

 

だが、両親がしていることは子供の頃から理解していた。客観的に見て悪いことではない(できる限り客観的に見ているつもり)。献金を無理やり要求したり物を買わせたりは全くなかった。むしろど貧乏だ。これが今のこの私の現状を作った最も大きな要因である

 

両親のそういう活動の一つに、毎週の早朝駅前ゴミ拾いがあった。もちろん見返りなどはない。

楽しかったのは覚えている。人のために尽くすことは嫌いでなくむしろ好きだ。しかし、小学生の私には普通らしい暮らしとは思えないほど生活は苦しかった。

 

なんとかこの現状を変えたいと思ったのは高校2年の頃だった。ずっと、高校を出たらすぐに就職して家にお金を入れようと思っていた。だが、違う。もっと根本的に変わらないとだめだ、と思った。

 

そこから、そこそこに勉強してわりと有名な国公立大学に入った。

しかし、受験が終わり大学に入った頃には、雑草魂のような勉学へのバイタリティーやモチベーションはなくなった。大学・親元を離れた下宿先が平和すぎた。平和ボケしている状態で、私は実家には戻りたくないという一心で公務員になった。それももう少し頑張れば霞が関のレベルまで。あと少しなのに最後の1週間に試験対策をおこたった、こういうところからも平和ボケをしていることが書いていて感じる。

 

しかし、晴れて公務員になったあとに両親や実家の現状を聞いて一気に目が覚めた。やっぱり貧乏だ。度々実家に帰っては骨までしみるような貧乏の冷たさを痛感した。

 

こうなっては公務員とは何のためになったのだろう、と思う。努力して出世しようと考えるが、公務員の鉄則、年功序列の前では無駄だ。

 

じっくり時が経つのを待つ。両親や実家の現状を目の当たりにしながら10年ぐらいまてば給料とボーナスもグッとあがるらしい。こうなればもはや自分の人生が死んでいることに気づいた。自由などない。何年も待てるはずがなかった。

 

 

気づけば転職活動を始めていた。

どうせやるなら好きなことをとことん突き詰めたいと思った。

 

そうして今の私がある。

辞めてみると頻繁に、あの時辞めて良かったのか、という後悔が襲ってきた。

 

毎回私は悩んで悩んでここに書いたことを頭で巡らして一応納得する。だがまた時間が経てば後悔が襲ってくる。

 

辛い。だから頭の中を書いてみてこれでその後悔にケリをつけることにした。

 

私は正しい。絶対に。